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パレスチナの少年の涙の訳 - 対米追従外交


ブッシュ大統領とがっちり握手なんかかましてくれちゃっている小泉首相ですが、日本が真に国際社会の中で外交力を持ち、影響力のある国になりたかったら、やるべきことは違うと思うのです。

最近、船尾修氏の「アフリカ - 豊穣と混沌の大陸 赤道編」を読んでいるのですが、その中にこんな話が出てきます。
 10年ほど前にイスラエルを訪れたときのことを思い出していた。当時、エルサレムは戒厳令下にあって、イスラエル兵とパレスチナ人がにらみ合っている状態だった。そんな重苦しい雰囲気から逃れるように、エリコという街を訪れたときのことだ。
 路傍でオレンジを買うと、パレスチナ人の少年は目を輝かせながら、うれしそうに皮をむいて私に手わたしてくれた。ところがふとしたことで、私が日本人であることを知ったとき、少年は見る見るうちに顔を歪め、ポロポロと大粒の涙をこぼしながら、きっと鋭い目で私を見据えた。その豹変の仕方にたじろいでいると、彼は慟哭しながら訴えはじめた。
「なぜ、どうしてなの?日本はアメリカが好きなの?原爆を落とされたんでしょ?なのにどうして?日本がアメリカと一緒になってイスラエルの味方をするのはどうしてなの?」
 あとで、少年の兄がイスラエル兵に撃ち殺されたということを知った。私には何も反論できなかった。少年の怒りはもっともだと思った。旅の最中、そんなことはよく起こった。相手は私を日本代表に見たてて攻撃してくる。

この少年の反応はナイーブすぎるし、現実の日本の具体的な姿を知らない、と感じる人もいることと思います。しかし、ここには、一片の鋭い真実が含まれていると思うのです。

海外を旅すればわかりますが、想像以上に日本および日本人は、アジアやアフリカの人々から好意的に思われていることがあります。自分が個人として何か役に立つことをした訳でもないし、日本政府が海外で役に立つことをしているとも思えませんから、恥ずかしいような奇妙な感じさえすることがあります。

なぜ日本が好意的に見られているかということをたどると、もちろん電化製品や自動車などで経済的に成功しているということはあるのですが、敢えて言ってしまえば、そこには日本が欧米ではない、つまり非白人の国だということが大きいと思うのです。

どう取り繕ってみても、今の世界が欧米人主導の世界であることは否定できないでしょう。しかし、その中に対等に、もしくは対等にとまではいかなくても渡り合える国として日本が存在しているということが、他の非欧米諸国の人々には、欧米に対するカウンターパワーとしての可能性を感じているのではないでしょうか。

トルコでは、いまだに日露戦争で憎きロシアを日本が倒したとして、東郷という名前が人気をもっていたりします。また、単に一介の旅行者としても、欧米人にはビザ取得が困難だったイランに、日本人は比較的簡単に入国できていたということもあります。NHK が冷戦まっただ中の時代に、中国からソ連、イラン、トルコにまたがる地域を取材し NHKスペシャル「シルクロード」を作れたのも、日本の独特な位置があったからのことで、当時のアメリカやイギリスには作れなかった番組だと思います。

日本が憲法前文に書いてあるように、真に「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」と思うなら、アメリカやヨーロッパとは違う第3の道を示すのが、その一番確かな方法だと思います。ところが現実の日本が行っているのは、せっかくのその日本の立場を無駄にし、勘違いも含みつつも外国から寄せられている期待に背くことばかりです。

上述の本の中で、ザイールのゴマに向かうときに船尾氏が、ドイツ人の若者に笑われて恥ずかしい思いをした話が出てきます。当時、自衛隊は PKO でゴマの難民キャンプに来ていたのですが、自衛隊がそこで何をやっていたかというと、毎晩、各国の PKO の組織や、NGO、ボランティアの人たちを招待してパーティーを開いているのだというのです。そんなことで日本の地位が向上するとでも思っていたのでしょうか。今イラクにいる自衛隊は、死者を出すことだけをひたすら恐れ、サマワにいっても何の役にも立たない日々を送っています (政治的には、イラクから引き上げる国が増えてきている中、アメリカに協力しているというアピールには役立っていますが)。よそ様から笑い者になるパーティをしていないだけましかもしれませんが、サマワの知事にまで失望される自衛隊のあり方は、また別種の笑い者になっていることでしょう。

Posted: 水 - 11月 24, 2004 at 12:51 AM               Hatena Bookmark



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